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人物名

人物名子松源八 
人物名読み 
場所 
生年 
没年 

本文

子松源八時達は出雲の家士、射芸の師也。老て山心と号す。為リ人ト方正、淳朴、比類なし。若年の時、兄の過失に連座せられて録を離れ、国内大原郡に蟄居し、家貧なれば日雇して衣食を給す。その居宅の隣に農夫茄子を種ゆ。源八は菜を作る地なければ、これに就イて茄子を買んとこふに、農夫、たゞひとりめさんほどは日々といへどもいくばくのことかあらん。たゞ我ものゝごとく取用ゐ給へ、とて価をうけず。是より後、源八茄子を喰んと思ふ時は往て取リ、価銭をその茎に結付て去ル。圃主所々に銭のかゝれるを見てあやしみ、此人の取為ならんと取集て返ども固く辞してうけず。又富民の家内皆他に適ことある時は、源八堅固なる人なれば、留主を託せるに、くれにおよび、戸障子を引はなち、家の中央に座し、傍に弓矢を置キ、八方に眼を配りて終宵睡らず。又ある時村中荘官の妻出産せし時、源八往キて、つねづね懇意なる故に夜伽に来れりといふ。主悦びて此比夜伽にみな疲れたれば、今宵は頼み参らせて皆安眠せさせんとて、倶に熟睡に及ぶ。源八たゞ独り産婦の前に端座し、通宵すこしも眼を離さず、産婦の顔を守れり。産婦夜明て家人にいへらく、よべは源八ぬしに見詰られて、よすがら顔の置キ所なかりし。此後このぬしの夜伽は止給はれといへり。此間近隣の小民の家に醜女ありしが、顔に似ず心やさしきものにて、源八が赤貧にして独居ぜるを燐み、しばしば衣を洗ひ綻を補ふ。父母禁ずれどもひそかに心を尽して介抱せり。源八心に其恩を感ずといへども終に猥雑の話を出さず。後君命により帰参ぜる時、速に駕籠をもたせ、親往て迎ふ。醜女も父母も大キにおどろきて信ぜざれども、遂にともにかへり、官に達して妻とし、終身其醜をいとはず、偕老の契を全す。さて、老いたるまで射術怠ざるをもて俸禄を増る。是より以前は酒器を貯ず、茶碗にて飲みしが、此時に及びで妻諌て、今は諸士と禄同じければ酒器なくてはかなふべからずといふ。げにもとて、市店にいたり盃を買て、その大小心に愜ふを択て、瑕なきやとゝふ。市人なしと答へたれば、頓て価を出し盃を懐にしてかへりしを、妻熟視て、杯のうらの糸底に瑕あるを見出し、かくといへば、源八また懐にして彼所に往キ、盃を返して、何故に我を欺ぞといふ。市人、過を謝し、値を返さんといふ時、源八、我は欺を受ることを欲せず、故に盃を返す也。値を惜にはあらず。汝は値を欲する故に我を欺く也。いまわれ欺をうけざれば望足る。汝も亦値を得れば望たれり。是両ながら望たれば、何ぞ値を返すをうけんやといひ捨てかへる。又或時骨董舗に刀の鍔有しを立寄て価をとふ。婦人云、夫他適にて価さだかならず、二銭目とか三銭目とかいへりとこたふ。源八懐より二銭目を出しあたへ、又一銭目を出していふ、夫帰りて二銭目には売まじといはゞ、又是をあたへよといへり。凡ソ人に詐はなしとして、魚菜を買にも価を下せといふことなし、我心に応ずれば買、応ぜざれは買ず、久クして商人も是を伝へしりて、其家にては価を二つにすることなし。其家に使るゝ奴婢も其風に化して質朴にして詐らねば、そこに使はれしものといへば人争ひて召抱たり。年八十に垂として眼力衰へ、的をみること明かならず。射時は門人側にありて、二寸上れり三寸下れりといへば、其言葉に従ひて矢を放てば必中れり。尤モ後には其如くするも中ねば、弓矢を投て、吾老たり、今は君の用にも立ず生で益なしと、遂に食を断しを、妻子、門人、交すゝむれども不食ハ。其門人に三谷半大夫といふ国老あり。是を聞て、往て自粥と箸とを取て勧れば、源八押いたゝき一口飲ミ、第二口に至て吐て云、吾ガ病食を不受ケと。遂に不食して没す。