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人物名

人物名僧 円空 
人物名読みえんくう 
場所尾張高田寺 
生年 
没年 

追記
人物名僧 俊乗 
人物名読み 
場所 
生年 
没年 
本文

僧円空は、美濃国竹が鼻といふ所の人也。稚きより出家し、某の寺にありしが、廿三にて遁れ出、富士山に籠り、又加賀白山にこもる。ある夜白山権現の示現ありて、美濃のくに池尻弥勒寺再建のことを仰たまふよしにて至りしが、いくほどなく成就しければ、そこにも止らず、飛騨の袈裟山千光寺といへるに遊ぶ。其袈裟にありける僧俊乗といへるは、世に無我の人にて交善ければ也。円空もてるものは鉈一丁のみ。常にこれをもて仏像を刻むを所作とす。袈裟山にも立ちながらの枯木をもて作れる二王あり。今是を見るに仏作のごとしとかや。又あらかじめ人の来るを知る。又人を見、家を見ては、或は久しくたもつべし、或はいくほどなく衰べしといへるに、ひとつもたがふことなし。或時、此国高山の府、金森侯の居城をさして、此所に城気なしといへるに、一両年の間に、侯、出羽へ国がへありて、城は外郭斗となりぬ。また大丹生といへる池は、池の主、人をとるとて、常に人ひとりはゆかず、二人ゆけば故なしといへり。さるにあるとき円空見て、此水この比にあせて、あやしきことあり。国中大に災にかゝるべしといひしかば、もとより其ふしぎを知る故に、人々驚き、いかにもして此難を救ひ給へと願ひしかば、やがて彼鉈にて、千体の仏像を不日に作て池に沈む。其後何の故もなく、はた是よりは、ひとり行人もとらるゝこと止みけりとなん。この国より東に遊び、蝦夷の地に渡り、仏の道しらぬ所にて、法を説て化度せられければ、その地のひとは今に至りて、今釈迦と名づけて、余光をたふとむと聞ゆ。後美濃の池尻にかへりて終をとれり。美濃、飛騨の間にては、窟上人といひならへるは、窟に住る故かも。

○彼袈裟山の俊乗は、人の空言するを何にまれまこととす。蓮華坂といへる所に、蓮華躑躅といふもの有。其花のさかりに人戯ていふ、かの花に背をあてゝあぶればいとあたゝか也、こゝろみ給へと。俊乗ある日教けるまゝにしたるに、春日のかげうつろひて、いかにもあたゝかなるを、日影とはおもはで、まことに花のゆゑとよろこびしとなん。又ある人あざむきて、坂を登るには牛馬のごとくはひて登れば苦しげなしといへるを、まことにして、袈裟のふもとより八丁が間、嶮なる坂をはひ登りけるが、是は人のいひしに似ずいとくるし、といへりとぞ。かくおろかに直き人なれば、円空も悦交られしなるべし。

図版