平安人物誌(嘉永5年版) ( 嘉永五年壬子正月改刻 ) Page 00690 に見られる記述

分類: 和学
長野義言 - : - : 出近国部 - - (俗称)

平安人物誌(嘉永5年版) ( 嘉永五年壬子正月改刻 ) Page 00788 に見られる記述

分類: 近国
平義言 - 号 : 桃栖舎 - 字 : 義言 - 江州志賀谷 - (俗称) 長野主馬 - 欄外記述: 和歌 - 附著書: 玉の緒末分櫛 活語初の栞 うたの大むね かつみふり


「「平安人物志」掲載諸家関連短冊」における解説

名前: 長野義言
解説: * 長野義言( 〜文久2年) 国学者。初め主馬後主膳と称し、桃之舎と号した。伊勢滝ノ村の人、和歌の道をもって彦根藩主伊井直弼と交わり、後その謀臣に抜適された。安政五年京に上り九条家の臣島田左近と共に幕府の倒壊を防ぐために種々画策し所謂安政の大獄を惹起した文久二年彦根に帰り藩政の実権を握らんとしたが時勢の変転如何ともなし難く遂に国を乱すの罪によって処刑された。時に年四十八、古今集姿鏡、淡路旧蹟考等国語、国史関係の著書が多い。(嘉永五 和学)

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